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「七瀬の絵には誰もガムをつけないよ。芸術だから。」

「本当ですね。このピエロのところだけガムがついてません。」

インテリメガネが絵について感心しているとまた七瀬が言った。

「今度はさ、人の心を癒すような絵にしようと思うんだ。このピエロは悪の象徴だろ。

でもそういう絵じゃなくて、全く逆の優しい絵にしたい。

俺はいつも力ずくで悪いものを正そうとしてきたけど、
それじゃあ、いくらやってもダメだってこの絵を描いて気づいた。

うるさいやつを黙らせるために口にガムテープを張ってたようなもんさ。

今度はガムテープを剥がさないように、手を縄でしばったり、足も縛らなければならない。

それじゃあ埒が明かない。ほら、太陽と風の話知ってるだろ。どっちが強いか勝負するやつ。

コートを羽織った男が歩いていて先にコートを脱がせたほうが勝ち。

風は力ずくでコートを吹き飛ばそうとするんだけど、
吹けば吹くほど飛ばされまいと男はコートを手放さない。

けれど太陽が男に熱をちょっと与えるだけで男はすぐにコートを脱いだ。」
鷲鼻が続けて言った。


「だからこの絵も人を怖がらせるものじゃなくて、
逆にきれいな絵にしてガムなんかつけさせないようにするってことだろ。

きれい絵があれば、誰も汚してやろうなんて思わないって。」
「そういうこと。今度は壁一面に絵を描いてみようかな。

だいぶ時間かかりそうだけど。このトンネルってやっぱ市が管理してるのかな。誰か知り合いいねーか?」

「父の知り合いにならいますけど。父に頼んで電話で訊いてみます。

悪いことをするわけではないんですから、きっと許可してくれるでしょう。」

「ま、許可が下りなくてもやるんだけどな、俺の場合。」

そういうわけで私たちは途方もない話をして結局何もできないと肩を落としながら帰宅する途中、
この小さな町のトンネルくらいは変えてやるという意気込みで一致団結し、
トンネルの清掃および治安維持を実行することになった。

インテリメガネの父が市に問い合わせると、ガムを取り除く件はやっていただけるなら幸いです、
と難なく許可されたが、絵に関しては事前にどのようなデザインになるのか知らせてからということになった。

七瀬に伝えると、自分でデザインして市役所に提出すると言い出したので任せることにした。



翌朝、トンネルに行くと七瀬がもうガムの除去を始めていた。

「七瀬。早いじゃん。」

「おう、さっさとガムを除去して絵を描きたいからな。」

「どんな絵にするの?」

「子供が遊んでる絵とか、天使とかかな。幸せの象徴を描く。

本当は好きなものを好きなだけ書き殴りたいんだけど、こんなにでかい壁なんだから。

でも変なもの描いたら後で市役所の人に消されちまうかもしんないし。」

「へえ、けっこうまともだね。他の三人は?」

「あいつらは勉強してるから、夕方ごろには顔出すって言ってた。ほら、マリアもこれで削れ。」

お好み焼きをひっくり返すような銀のへらが手渡された。
壁に着いたガムはへらで剥がそうと力を入れてもなかなかきれいに取りきれなかった。

このトンネルは二車線道路で歩道は片面にしかなく、その歩道側だけにガムがついているのだが、
全長三十メートルにもなるトンネルの壁をきれいにするなんてよく考えれば相当な重労働だ。

こんなことをしても何ももらえはしないけれど、やる価値はあると信じている。

もし七瀬が途中で投げ出すことがあっても私は最後までやりきるつもりだ。

でも心のどこかでは七瀬も同じ気持ちでいてくれたらいいなと思っている。

トンネルの中は日が差し込むこともなく、朝方はコンクリートの壁がひんやりとした空気を保っている。

ときどき通り過ぎる人が何事かと興味津々な顔をしてトンネルの壁を見渡す中、私たちは黙々とガムを削っていった。